南海トラフ巨大地震の歴史

南海トラフは、遠州灘の沖合から日向灘の沖合に延びる細長い窪地で、フィリピン海プレートが西南日本に対してこのトラフに沿って下に沈み込むため、古来から巨大地震が繰り返し発生しており、東海、東南海、南海の3つの地震が連動することもあります。

おおむね90年から150年のスパンで起きており、特に東海地震はすでに150年以上発生していないため、東南海、南海地震も80年近く発生していない状況から、いつ起きてもおかしくない状況にあります。

浜名湖はかつては海とつながっておらず完全な湖でしたが1498年の明応地震のときに割れ目ができ海とつながったと見られています。
三重県の津はかつては安濃津と呼ばれ日本三津と言われていました。津とは港という意味で、博多津、堺津とならぶ港町でした。
今で言うと横浜や神戸のような位置づけです。その安濃津は明応地震で壊滅的な打撃を受けたと言われています。明応地震から28年後に安濃津を通り過ぎた連歌師の宗長は、「此の津、十余年以来荒野となりて、四、五千軒の家、堂塔のみ」と記しています。

今の津市はその後少し陸側にズレた形で復興したもので、本格的な復興は藤堂高虎により津城が大改修され城下町として再発展していきます。

宝永地震は、1707年(宝永4年)におき、その49日後に富士山が噴火したことで知られています。宝永大噴火は、富士山の東側山麓に3~1mものスコリア質の焼砂・焼石が降り積もり、人家の焼失・倒潰、草木の枯死が起こり、耕作はまったく不能となりました。

南海トラフ巨大地震はいつ起きてもおかしくない状況です。影響のある地域の企業はBCPを策定しておくことが必須となるでしょう。

 

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